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2009年11月11日

根室港について

北海道根室市の港湾。根室半島の北側にあり、根室湾に面する。港湾法上の重要港湾、港則法上の特定港に指定されている。

近年では、サンマの水揚げ量が1998年から2002年まで5年連続で日本一となり、タラの生産も盛んである。またロシアとの間の物流拠点でもあり、2002年のロシア船入港隻数は1,481隻と道内では稚内港に次いで第2位だったが、2005年にはこれが1,000隻を下回っている。


『キイタフ之門子モロ場所之図』によると、1792年(寛政4年)、アダム・ラクスマンらロシアの遣日使節が「ネモロ」に入津し、弁天島に停泊している。1797年の『蝦夷巡覧筆記』では、「子モロ」は弁天島が自然の防波堤となって大船が入港できる良港として既に知られ、キイタップ場所(霧多布場所)の番小屋があった。その後ネモロ場所の中核の港として発展し、『東蝦夷地場所大概書』には、東に出崎、西に弁天島、北にも島があって操船に都合がよく、入船は北東の風、出船は西南の風を利用するとの記述がある。ただし気温は年間を通じて非常に低いことが知られていた。また、風向きが悪いときなどに西別港(現・別海町)が補助港となっていたようである。

1872年(明治5年)に弁天島灯台が開設され、1877年(明治10年)には船改派出所が設置されて5月から10月までの間、出入船舶を取締っていた。1878年(明治11年)に函館港との間に定期航路が開設された。1880年(明治13年)に柳田藤吉や藤野喜兵衛らが埋立事業を開始し、1900年(明治33年)に2.6ヘクタールの埋立地が完成し、1926年(大正15年)には102mにおよぶ護岸工事が完工した。現在も当時の石畳が一部に残る。

1886年(明治19年)には波止場が建設され、清国への昆布の輸出増加などに伴い、1910年(明治43年)には関税法上での開港が認められた。1920年(大正9年)より港湾の修築工事に着手し、南・北・西の各防波堤が建設された。1931年(昭和6年)8月24日にはアメリカのチャールズ・リンドバーグ夫妻がシリウス号で北太平洋を横断飛行して根室港に着水し、根室町民の歓迎を受けた。第二次世界大戦中は千島への補給基地となり、1945年(昭和20年)7月14日、同15日に米軍の空襲によって港周辺の倉庫、船舶を含め市街地の8割が焼失した。1961年(昭和36年)から第一次港湾整備事業によって再び港の整備が進められた。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
タラの生産が大変盛んなんだそうです。


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